枝垂桜

正木 孝枝



一、四月十四日

 

離婚届は利沙が市役所へ一人で持って行った。 

街の中心部にある市役所のすぐ横には広い公園があり、

桜の木が多く植えられていた。ほんの一週間ほど前には、

満開の桜を楽しむ多くの人達で賑わっていたのだが、いま

はもう花は盛りを過ぎ、散った花びらは市役所の前の広場

に積もり、ときどき吹く風にさざ波のように揺れながら、

右へ左へと居場所を変えていた。利沙はそんな花びらを踏

まないよう気を遣いながら、足早に市役所の中へ入って

行った。

 

利沙の目指す住民課の窓口には若い男女が並んで座って

おり、笑顔で係の女性職員の説明を聞いていた。その様子

から、二人は婚姻届を出しに来ているのだとすぐわかった。

 (戸籍の出し入れだから、同じ窓口なんだ)

と利沙は今更ながら気が付き、なんだかすぐ横で離婚届を

出すのは彼らに悪いような気がして少しためらった。

 

受付のカウンターには二人の女性職員がいて、そのうち

の一人が利沙の前に立ち、利沙が話し出すのを待っていた。

「これ、お願いします」 

利沙は思い切って、できるだけさりげなく二つに折った

離婚届を差し出した。戸籍係の女性はそれを素早く受け取

り、事務的に何ヵ所かチェックしたあと「わかりました」

と、届を後ろのケースの中に仕舞った。

 

横にいるカップルは担当職員の指摘に従い、ゆっくりと

書類を作成している。若い二人は嬉しそうに顔を見合わせ、

頷きあいながら説明を聞いている。夫となる男性をずっと

みつめて微笑んでいる女性の方が、利沙をチラッと見た。すぐ横にも

人がいたことに初めて気付いた様だった。明る
い茶色に染めた長い髪

とピンク色の口紅が、若い彼女の笑
顔を一層引き立てていた。利沙は

彼女には全く気付かない
振りをして、「じゃあ、よろしくお願いしま

す」軽くお辞儀
をしてその場を離れた。

 

利沙は、市役所の中をゆっくり見渡した。今日初めて背

筋を伸ばして、真っすぐ前を見た様な気がした。市役所の

中にはたくさんの職員が働いているはずだし、たくさんの

市民が来ているはずだが、利沙は遠い景色を見ている様で、

全てが霞み、小さな黒い影がうごめいているようにしか見

えない。ただ正面玄関の辺りだけは、春の明るい日射しが

中まで注いでいるのだろうか、きらきらと輝いていた。

 

あの自動ドアを出ると、新しい自分が生まれる。利沙は

そう信じて、顔を上げ胸を張り、ゆっくりと玄関に近づい

て行った。

 

風は止み、桜の花びらはやっと終の住みかを得たかのよ

うに、広場の隅に身を寄せていた。

 

利沙が離婚を決意したのは病気になったからである。 

最初は夏風邪だと思っていた。 

その年の夏の暑さは殊の外厳しく、利沙は早くから冷房

の中に浸っていたこともあって寝汗をよくかいた。あとで

寝汗も病気の症状の一つだとわかったが、その時の利沙は、

汗が冷房で冷えてしまい、風邪をひき体がだるいのだと思

い込んでいた。やがて高熱が続くようになる。

 

近所の掛かり付けの医院に行き、風邪薬と解熱剤を処方してもらった。
薬が効いたのか、すぐ熱は下がり症状は治
まった。しかしほっとした

のも束の間で、しばらくすると

また高熱が続く。診察を受け検査もするが、これといった

異常はみつからない。また解熱剤をもらい飲むと熱が下が

る。また上がる。そんな状態を何度か繰り返すと、体力は

どんどん弱っていくようで、利沙は起きているのがつらい

時もあった。そのうち顔や足がむくみ始める。子供の頃か

らあまり弱音を吐かなかった利沙だったが、

「とにかくだるいん

です。今日が一番しんどい」

 

と医師に訴えた。医師は、いつもより少し強張った顔で、

「大きい病院で診てもらいましょう。これ以上わからない」

 

と紹介状を書いてくれた。

「今からすぐ行った方がいい」

 

医師は利沙に念を押した。まもなくお盆休みに入るとい

う暑い日のことだった。町では一番大きい総合病院へ利沙は向かった。自分で車

を運転して行った利沙であったが、駐車場に車を置き、病

院の中へ入った途端、息が切れ足が重く、思うように前へ

進めなくなっていた。壁を伝い歩きして、なんとか受付を

済ませた。診察室の前の長椅子に横になり待っている間も

息苦しく、汗が吹き出してくる。緊張の糸が切れたかのよ

うに、体がもう言うことを聞かなくなっていた。どれくら

いの時間が経ったであろうか。名前を呼ばれ、利沙はフラ

フラと立ち上がって診察室に入り、医師の前の丸椅子に

座った。

 

診断書やレントゲン写真に目を通していた医師は顔を上

げ、ハンカチで汗を拭いている利沙に言った。

「あなたの病気が何なのか、これから詳しく調べます。た

だ、診察して、薬の処方箋を書いて、ではお大事にと言っ

て帰ってもらえる様な、単純な病気ではないですよ」

 

利沙が好きな指揮者に似ていて、長身で優しい雰囲気の

医師は続けた。

「ほんとは、今日、今すぐにでも入院してもらいたいんだ

けど。いろいろと準備もあるでしょうしね。明日、入院で

いいですね」

 

利沙は自分の今の状態が、想像以上に深刻である事を

悟った。医師の顔をみて「はい」と返事をするのがやっと

だった。

(大丈夫だから。早く帰って準備しないと)自分に言い聞

かせながら、利沙は車を走らせ家へと急いだ。

 

慌ただしく利沙は翌日入院した。その日は県下挙げての大イベントである阿波踊りの初日だった。消灯後、ベッドに寝ている利沙の耳に、病院前の歩道からカタカタと下駄

の音が聞こえてくる。病院は市街地にあった。踊りに参加

した若者や、見物に行っていた浴衣姿の女の子達が、歩い

て帰って来ているのだろう。酔った勢いか、大声で話した

り笑ったりする声が遠くから聞こえる。体のだるさと入院

準備の忙しさで、阿波踊りのこともすっかり忘れていた。

 

入院初日だというのに、暗く静かな病室にいる利沙には

華やいだ外の世界が、すでに別の世界のように感じられた。

これから自分はどうなるだろうと心細くなる気持ちを必死

に打ち消した。

 

入院して一ヵ月。毎日様々な検査を続けても、利沙の病

名は分からなかった。検査のための移動は車イスだった。

診察室に入る時、車イスから下りて歩くのもやっとの利沙

を見て、付き添っていた利沙の母は「検査で娘がどんどん

悪くなってしまう」と泣いた。相変わらず高熱は出る。解熱剤で熱を下げる時の悪寒の

激しい苦しさに堪えられず、熱が下がらない方が楽ではな

いかと薬を飲まない時もあった。動くことも苦痛だった利

沙は、熱が下がると汗でビショビショに濡れるパジャマを、

看護師に着替えさせてもらう毎日だった。

 

結局、病気が何なのか判明しないまま利沙は外科に移り、

肥大した脾臓の摘出手術をするという事になった。大きく

腫れた脾臓は、胃や腸に絡み付いて取り出すのに時間がか

かった。

 

胃から腸にかけての鍵状の長い傷口を利沙が見たのは、

手術を終え四、五日経ってからだった。裂けた穴を無理矢

理引っ張って合わせ、ホッチキスで留めていったような傷

口。自分の体でありながら、別の生き物の腹部を見ている

ようで、利沙は何度も確かめた。こんな大きな跡が残ると

は思ってもいなかった。でもこれで悪いものがすっかり取

り除かれた。これで元気になるのだと、利沙は嬉しかった。

 

ところが手術後も、状態はどんどん悪くなっていった。

熱は下がらず、全身がむくみ腫れ上がってきた。 

寝たきりの利沙のところに、ある日別の医師が突然のよ

うにやってきた。

「私の声が聞こえますか。脾臓の細胞検査の結果が出まし

た」

 

利沙の耳元に医師は顔を近づけ大きな声で言った。

「悪性リンパ腫です。これから治療のため血液内科の方に

移ってもらいます」

 

利沙は病名を聞いても、それが「がん」であるということが理解できなかった。これで治療ができ、元気になれると単純に考えた。

 

その後の病院の対応は早かった。外科の看護師が利沙の

部屋に集まった。彼女たちは普段とてもキビキビしていて、

利沙は少しこわかった。しかしこの時は、手分けして荷物

をまとめながら利沙にとても優しいのだ。担当だった看護

師が、利沙の寝ているベッドを押し、血液内科の病棟まで

移動することになった。

 

看護師長と看護師が並んで見送ってくれた時、利沙は泣

いてしまった。師長が、

「あれ、泣いてる。どうしたの」

 

と利沙の頭を軽くトントンと叩くと、利沙はよけいにつ

らくなってきた。他の看護師は黙って利沙を見ている。血

液内科へ行くってどういう事なんだろう。治療ってなんだ

ろう。なんだか大変な事になってきた。移動するにも歩け

ず、動けない自分が歯がゆい。優しく送り出してくれる事が、かえってすごく悪い状態なのではと不安が募る。私、一体どうなるのだろう。

 

エレベーターに乗り長い廊下を渡り、外科から血液内科

の病室までベッドに寝たまま移動した。担当の看護師は

ベッドを押しながら言った。

「利沙さんは辛抱しすぎる。体がだるかったり、つらかっ

たりしたら、もっと言っていいんよ。病気なんだからもっ

と甘えていいんよ。これからの治療の時は辛抱しないで。

看護師にはなんでもちゃんと話してね」

 

悪性リンパ腫は、血液の白血球のうちのリンパ球ががん

化し、リンパ節や臓器に腫瘤ができる。普通、頸部やわき

の下、足のつけ根のリンパ節が腫れることが多い。利沙の

場合、体のどこにも腫れがなく、脾臓、肝臓、胃腸の臓器

が侵されていたため、脾臓の組織検査の結果が出るまで解

からなかったのだ。リンパ腫には多くのタイプがあり、治

療法も分かれる。利沙は病状が進んでいることもあり、化

学療法が実施されることになった。

 

手術したばかりの体の傷口には、化学療法の薬がきつす

ぎる。傷口が裂けないように細心の注意のもと治療は始

まった。

 

利沙は医師から治療についての説明を受けていたし、抗

癌治療であることもわかっていた。ただ心の片隅に、今の

状況を受け入れられない自分がいた。髪の毛が抜けること

や、吐き気などの副作用も、自分は大丈夫なんじゃないか

とぼんやり考えていた。

 

毎晩夜中になると呼吸が苦しくなり、看護師を呼んだ。ずっと後元気になってから、当時自分がパニック障害に陥っていたことを知った。

「必ず治りますからね」

 

この言葉を何度聞いたことだろう。主治医は病室に来る

たび、必ず利沙の耳元に近づき大きな声で励ましてくれて

いた。明日から出張でアメリカに行くという前日の晩も、

利沙の病室に来た。

「明日から何日か休みます。必ず治りますからね」

「先生、アメリカに行くの。いいなあ。私も元気になった

ら絶対行く」

 

この会話を、付きそいの母はどんな思いで聞いていただ

ろう。

 

母は当時主治医から、

「できるだけのことをします。お母さんも娘さんが生きる

希望が持てるような話をして、元気づけてください。悔い

のないよう」と告げられていたのだ。母は毎朝鏡を見て笑顔を作り、

「しっかりして」と自分に言い聞かせて病室に入って来て

いたと、後に利沙に言った。

 「毎日が必死だった」

 

母はその頃のことを思い出すと今もつらいと話す。

 

治療では白血球が減るので、免疫力が低下する。そのた

め治療中の患者は無菌室に入り、できるだけ外部との接触

を避ける様にする。なま物は一切食べられず、食事は全て

熱処理されたものになる。

 

激しい吐き気、虚脱感、貧血、パニック障害。食事はの

どを通らず、体には水が溜まりパンパンにむくれ、利沙に

は厳しく苦しい毎日が続いた。化学療法の薬は利沙にはよ

く効き、数値は良くなっているのだが、体力は弱っていく。

 

最初利沙は無菌室の個室に入っていたが、看護師長は利

沙を六人部屋に移すことを決めた。同じ病気で治療中の人

達とコミュニケーションをとり、病気のことをよく理解で

きていない利沙が、今の自分の状況に納得して治療に慣れ

るようにとの配慮からだった。

 

六人部屋に移り、利沙は自分の今の状態がどの時期にあ

たるのか、今後どのような治療があるのか、同室の人達か

ら話を聞くことで、少しずつ症状が落ち着いてきた。吐き

気や発疹、脱毛さえもおもしろく笑って話す人達に、利沙

は救われた。治療が、二回、三回と続いてくると、どの薬

が大丈夫か、どの薬の時は吐き気がするか、心積もりもで

きるようになった。吐き気も薬が効いている証拠と言いき

かせた。白血球が一段と減ると、クリーンボックスという空気清浄力が強力な装置がベッドの前に設置され、ベッド

の周りを透明なビニールのカーテンで囲む。上から垂らし

たビニールが、ちょうど御殿の貴人の座の前に下げてある

御簾のようで、その中に利沙が座ると、つるつる頭の利沙

みすは尼僧の様にみえた。三蔵法師みたいだと同室の仲間も

笑っていた。

 

年末が近づいてきた。

 

利沙は治療の後で白血球の数がグッと下がる。利沙以外

の同室のみんなには外泊許可が出て、帰宅し始めていた。

利沙は外泊許可は絶対出ないとあきらめていた。だれもい

ない広い部屋で紅白歌合戦を観る。消灯は九時だけど、大

みそかくらい夜更かしして、テレビもイヤホンをせずに観

ようと決めていた。

 

ところが昼過ぎ利沙のところへ主治医が来て、今晩だけ

家で過ごしてもいいとの結論が出たという。

「でも、明日の朝には戻って来て下さい。今この時期外へ出るのは、本当はとても心配なんです。調子が悪いと思ったら、すぐ戻ってきて」

 

利沙は慌てて身繕いをし、吐き気どめの薬をもらい、毛

糸の帽子をかぶり、大きいマスクをしてタクシーで実家へ

戻った。本当は体がとてもだるい。ずっとムカムカする。

でも帰りたい。

 

家に着くと、母がすでに布団を敷いてくれていて、利沙

はすぐ横になった。しばらくすると、「ごはん、食べられる

かな」と母が尋ねてきた。

 

食堂に行くとテーブルにお雑煮があった。母の作る甘い

白味噌のお雑煮。一口飲んで「あー、美味しい」と声が出

た。今日のこの味は一生忘れないだろう。餅はとってもや

わらかく、喉を滑らかに通っていった。涙が出そうになる

のを堪えて、全部食べることができた。

 

元旦、毎年と同じく、家族で「明けましておめでとうご

ざいます」と挨拶することもできた。大みそかを病院では

なく家で過ごし、元旦を迎えることができたのは、大きな

喜びだった。利沙は、今年もくじけずがんばれる、良い方

に向かうと確信した。

 

化学療法は短い間隔で六回予定されていた。四回目が終

わった時、主治医から「移植」の話が出た。より一層がん

化した細胞を除くため、健康な体に戻すため、六回目の治

療の後、移植療法を考えているという話だった。

「移植」については、同室の人達から聞いていた。移植を

するために行う強い治療が大変苦しいこと。移植後の体の

快復もまた苦しく時間がかかること。元に戻らないまま亡くなる人もいること。苦しい思いをして移植しても、再発する人もいること。ちょうどその頃人気のあった女性歌手

が、白血病になり一度元気になったものの再発、移植した

が亡くなった。このニュースをテレビでみた時は、息を呑

んだ。みんなこのニュースを知っていた。だが誰もこの話

題に触れることはなかった。

 

利沙は主治医に尋ねた。

「先生、移植したら絶対治りますか」

 

主治医は、最初の医師から若い女性の医師に変わってい

た。

「治る可能性が高いです」

 

絶対治るとは言わなかった。

 

仕事帰りに時々寄ってくれる友人がいた。利沙より十歳

年下だが、気の合う友達だった。彼女は独身で中学校の教

師だった。移植のことで悩んでいると話す利沙に、彼女は

目を輝やかした。「利沙ちゃん。良かったね。移植を言ってくれたという事

は、それだけ体がいい状態になってるってことだよ。先生

方は移植が出来る様に、今まで治療の計画を立ててくれて

たんよ。ほんと良かった。これで治るよ」

 

この言葉で利沙の気持ちは大きく変わった。移植が出来

ること。それは幸せなことなんだと。翌日、主治医に利沙

は移植にむけてがんばりたいと話した。

 

利沙のした移植療法は「造血幹細胞移植療法」という。大

量の化学療法剤で強い治療を行い、造血細胞を減少させる。

そこへ正常な造血幹細胞を移植する方法だ。幹細胞とは、

白血球の元になる細胞だ。利沙は自分の幹細胞が正常で

あったため、移植には自分の幹細胞を使うことになった。

利沙の肩と足のつけ根には太いカテーテルが入っていて、

大きな機械とつなぎ、自分の血液から幹細胞のみを取り出

し、残りの血液をまた体に戻すという過程を二日間続けた。

採取された幹細胞は冷凍保存するということだった。

 

移植のために入る無菌室は宇宙船の様だった。二重扉に

壁一面の空気清浄装置。食事は外の小窓から入れられ、中

から小窓を開けて中へ入れる。缶に入った無菌状態のパン。

ラップで何十にも包まれた皿。ラップをはずすだけで疲れ

てしまうのだが、いざラップをはずすと全く食べられない。

部屋には、トースターやレンジ、もちろんバスやトイレも

あり生活に不自由はしない。しかしこれらすべてのものが、

不必要なものであることはすぐわかった。同室だった仲間

が「お風呂は誰も使ってないからきれいだよ」と話してた

ことも、「今までのどの治療より苦しい」と聞いていたことも、すぐ納得した。一日の初まりと終わりが治療のスケジュール表でのみわかり、夜になると睡眠薬を飲み眠る。

治療の強い薬は、体をヘトヘトに弱らせるばかりか、生き

ようとする気持ちをも萎えさせるような厳しいものだった。

 

移植自体はあっけないものだった。

「では移植はじめます」

 

利沙は体が一瞬燃えるように熱くなったのを感じた。喉

の奥から、青のりのような独特のにおいが湧いてくる。カ

テーテルから幹細胞が利沙の体を巡りはじめた。

 

利沙はなかなか体力が元に戻らなかった。微熱も続き、

白血球の数も増えない。自分の幹細胞が移植できたのに、

拒絶反応が続く。

 

日数が経つにつれ、利沙はこの無菌室から一生外へ出る

ことはないのではないかと思い詰めた。食欲もなく、無理

に食べてもどれも苦い薬の味がした。

 

一進一退を繰り返しながら、六人部屋に移った。ある時、利沙は同室のみんなと餅の話をしていた。しょう油で付け焼きした餅が無性に食べたくなった。比較的元

気な一人が、一階にある売店で餅を買ってきてくれた。白

血球が少ない者は、売店はおろかビニールの御殿から出ら

れない。動ける仲間がトースターで餅を焼いてくれた。

 

看護師が病室に入るなり、

「うわぁ、この部屋すっごく美味しそうなにおいがする

わぁ」

 

とニヤニヤ笑いながら部屋の中を見渡した。

「エヘヘ。いいだろう」

 

食欲はなくても気持ちで食べられるのだった。

「美味しかったなぁ。次は何を食べようか」

「甘いココアが飲みたい」

 

率先して餅を焼いていた一人が大きな声で元気に言った。

しかし何日か過ぎ、仲間が売店でココアを買ってきて彼女

に見せても、寝たままで動かず、じっとココアを見詰めて

いる。今日は調子が悪いんだなあと、利沙達はじっと静か

に見守るしかない。そのうち昼間でもベッドの巡りのカー

テンを閉め、医師や看護師の出入りが増えてくる。利沙達

はどうすることもできず、息を殺して過ごす日々となる。

 

昨日は笑い合い、一緒におやつを食べた仲間が、翌日に

は全く動けなくなる現実がそこにあった。「生」と「死」の

間にある壁はとても薄く、押すとあっけなく粉々に壊れて

しまうことを利沙は知った。「死」がこんなに身近に迫って

いるのなら、そして人は必ず死ぬのだから、もし再び元気

になることができたら、もうイヤなことは絶対したくない。 長い入院生活で、「生きる」ための治療だけに必死に専念

する日々である。最初は病と向き合えることができなかっ

たが、気持ちが落ち着いてきたら、今度は「治す」ための

スケジュールをこなすことだけに集中する。その事にも慣

れてくると、今度は自分のこれまでの人生と、これからの

ことを考える気持ちの余裕が出来てきた。心の奥にしまい

込んで触れないまま、一生を過ごしたかもしれない「イヤ

なこと」を、自分の目の前に出してきて、

考えることがで

きるようになったのだ。病気が、ここで立ち止まり、考え

る時間を与えてくれたんだと、利沙には思えてきた。

 

利沙にとって「イヤなこと」は、自分の結婚生活だった。

 

もしも病気にならなかったら、離婚までは考えていな

かった。

 

夫とは結婚してすぐ、(この人とは合わない)と感じてい

た。それでも続いていたのは、夫が単身赴任で県外に居ることが多かったからだ。子供のいない夫婦だから、利沙も

夫の許へ行き、一緒に暮らせないわけではなかった。しか

し利沙は、自分の仕事を理由に別居生活を続けていた。そ

の点では、この結婚生活は利沙にとって快適だった。利沙

はたまに夫の赴任先に出かけ、部屋の掃除をして料理を

作った。その地の博物館や美術館を巡るのも楽しかったし、

よく知らない土地の喫茶店でゆっくりコーヒーを飲み、一

人旅の気分を味わうのも利沙は気に入っていた。夫とは最

近の身辺の事を話し、時には一緒に出かけることもあった

が、基本的に利沙は一人で過ごすことが好きだった。なん

でも器用にこなす夫は、一人の生活が苦ではなくそれなり

に楽しんでいるようであったし、お互いたまに会えば良

かった。いや会わなくても良かった。実際利沙は夫の留守

中に夫のところへ行き用事を済ませ、会わずに帰ってくる

こともあった。一緒に過ごす時は仲の良い夫婦を「演じて

いる」と利沙は思ってい

た。お互いに自分の仕事を持ち、

自分の趣味を持ち、たまに旅行をする。妻というだけで、

自分は保障されている。利沙はこの生活が気に入っていた

し、続けようと思えばそれなりに続けられただろう。

 

だが病気になり入院した利沙が、夫との生活を振り返っ

たとき、二人の気持ちはすでに離れ、冷めきっているとい

う事を、認めざるを得なかった。

 

思えば利沙の手術の時も、治療のつらい時期も、そばに

夫の姿はなかった。「仕事が休めない」と夫は言った。そん

なものなんだと利沙も納得し、別に夫がいなくても構わな

かった。夫を頼る気持ちは起こらなかった。その事がおかしいことに利沙が気付いたのは、治療が順調に進み、希望が見え始めた頃だった。

 

移植をするため入院して来た女性がいた。彼女の住む街

の病院には、移植の設備が整っていない。

「再発、再発で地元の病院ではお手上げだと言われたの。

ここなら移植ができる」

 

彼女はうれしそうに話していた。彼女

の夫が大きな荷物を二つ抱えて入って来た。移植のために完璧な準備をして

きている。夫は荷物をほどき、ベッドの横に置いた。何度

目かの入院ですっかり慣れているようだった。夫の表情も

明るかった。ここを退院する時は妻が元気になっていると

信じている。

 

彼女の主治医が来た。医師が来た時はベッドの周りを

カーテンで閉じる。夫はカーテンの外で立っていた。治療

の結果があまり良くなく、移植がすぐにはできないことを

彼女に告げる医師の声が漏れ聞こえてきた。利沙は思わず夫を見た。夫の目から涙がツーと流れていた。

 

私の夫が、涙を流すことはないだろう。私の病気のこと

を彼はどこまでわかっているのか。理解しようとも考えて

いないだろう。自分と夫の関係が間違っていること、もち

ろん利沙自身の考えも間違っていたこと、結婚生活がもう

限界であることを病気が教えてくれた。

 

夫は利沙の離婚の申し出に驚き、最初は強く拒絶した。

「今のままで、どうしていけないんだ」

 

何をばかなことをと、夫はあきれた顔をしていた。

「元気になったら、今まで通り、君はまた好きにやればい

い」

 

それでいいと思っていた利沙は、もういない。二人で話

せば話すほど、この人と別れなければ病気の全快はない、

とまで利沙は思い詰めていた。

 

その頃テレビで観たドラマの中で、主婦役を演じる女優

が「結婚生活は芝居だ」と呟くシーンがあった。この言葉

は利沙の心にずっしりと残った。結局演じきることは自分

には無理であった。ものわかりの良い

妻を演じるのをやめたい。仲の良い夫婦のふりは、もうしたくない。

 

夫との話し合いは、平行線のまま数ヵ月が過ぎた。夫は

自分の方こそ物分かりのいい、優しい人間だと言い、今ま

で楽しく二人で過ごしてきたじゃないかと利沙に訴えた。

 

何度も話し合い、憂うつな時間が過ぎた。

 

夫の印のある離婚届がやっと利沙の元に送られてきたの

は、翌年の四月だった。

  

二、四月十五日 離婚届を出した翌日、利沙は京都行きの高速バスの中に

いた。退院後約一年の自宅療養を経て、初めての一泊旅行

である。

 

利沙が大学生活を過ごした京都で、所属していたサーク

ルの同期会が開かれる。大学生活の四年間は、クラスの同

級生よりサークルの仲間と過ごした時間の方が、長く密度

の濃いものだった。卒業後、二十五年ぶりに全員が揃う同

期会である。

 

病気前、少しポッチャリして、髪をセミロングに伸ばし

ていた利沙は、病気を経て、十五キロも痩せた。伸び始め

た髪は、まだま

だ短く少年の様なベリーショートな髪型に

小さめのシャツ、体にぴったりの細めのジーンズはよく似

合った。サイズも雰囲気も病気する前の利沙とはすっかり

変わっていた。利沙は、久しぶりに一人で遠出をし、古い

友人達に会えることに興奮していた。同期会が開かれることになったのも、利沙の病気がきっかけである。

 

大学卒業後実家に戻った利沙は、同期の友人達と連絡を

取らなくなり、すっかり疎遠になっていた。

 

利沙が入院中の時だった。サークルの同期生の一人

京塚大介から、「出張で徳島へ行くので久しぶりに会いたい」

というメッセージが、実家の留守番電話に入っていた。利

沙は母からその事を聞き、メッセージに残されていた彼の

携帯電話に思い切ってかけてみることにした。卒業後大介

と会ったことはなく、電話で話すこと自体、もちろん卒業

以来の二十数年振りの事である。利沙は、自分の今の状態

のことは言わずに、

「ちょっと体調を崩して入院しているんよ。元気になった

ら、こっちから会いに行くから」

 

と話した。大介は、

「わかった。ほんならその時連絡してな」

 

と軽く返事をして電話を切った。利沙は病院の名前も

言ってなかったし、この時のこともすっかり忘れて

いた。

 

だが、大介はしばらくして突然病院までやって来た。利

沙はその時のことを、鮮明に覚えている。

「おう」と学生時代と全く同じように、ちょっとえらそう

に肩を振りながら大介は病室に入ってきた。さすがに学生

の時のように、よれよれのシャツにジーパンではなく、

スーツにネクタイと、りっぱなビジネスマン風ではある。

 

利沙は、治療で髪の抜けた頭に毛糸の帽子を被り、ベッ

ドの横で届いたばかりの夕食を前に座っていた。治療直後は食べ物が咽を通らない。どうしようと途方に暮れていた時である。突然現われた大介に利沙はびっくりして言葉も

出なかった。

 

大介は、どうしても利沙の顔が見たくて病院を探したと

笑って利沙に話した。何年か前に同期と後輩の男ばかりで

飲んだ時、利沙のことが話題になりずっと気になっていた

ので、出張が決まった時利沙に電話してみた。同期の男子

とは卒業後も交流が続いており、中でも仲の良かった野田

旬太とはたまに飲んだりしていることを、早口の関西弁で

一気に喋った。大介はしばらく話したあと、「これから高知へ行かなあかんねん。顔見て安心したわ」

 

と席を立った。

「入院してること、みんなには言わんとってな。すぐ元気

になるから」

「わかっとる。わかっとる。また来るわ」

 

大介は来た時と同じように肩を振って出て行った。だいぶ後になって、大介はその時の事を利沙に話した。

「病室に入って利沙を見た時、ほんまはすごいびっくりし

たんや。そんな悪い病気とは思ってなかったから。何を話

したらいいかわからんかった。けど動揺してるとこを見せ

たらあかんと思って、オレ必死でしゃべってたんや」

 

大介が気を使って話してくれていたとは、その時の利沙

は全く気が付いていなかった。大介、ちっとも変わってな

いなぁ、明るくて元気やし声も大きいし、何より行動力は

すごいわ。学生の時もリーダーシップとってたし。みんな

はどうしてるんかなあ。元気かなあ。大介が帰った後も、

ずっと忘れていた学生時代の友達の顔が次々と浮かび、利

沙は顔が自然にほころんでニヤニヤしてしまうのだった。

久しぶりに治療の副作用のつらさを忘れた夜だった。

 

京都行きのバスは交通渋滞に合うこともなく、順調に高

速道路を走っていた。窓から見える風景は―それは背が高

く生い茂った草だったり、畦道を歩く老人の姿だったり、

山あいにポツポツと見える民家だったりなのだが―利沙に

とってどれも新鮮で愛おしかった。利沙は、移り変わる景

色を眺めながら、大介が再び病室にやって来た時のことを

思い出していた。

 

大介は二度目も突然だった。いつもの早口で、「みんなに黙っといてって言われたけどな、自分の小さい胸に治めておくには苦しすぎてみんなに言うたんや。それ

でオレ、お前が元気になったら同期会をするって決めた。

全員に声かけて、全員が京都に集まるようにするから。だ

から絶対元気になれ。ほんで京都へ来いよ」 そう言って大介は慌しく病室を出ていったのだった。

 

利沙の治療が無事終了し、退院後実家での療養を続け、

体力が戻りつつあった頃、同期会の案内の封筒が届いた。

同期会は四月。全員出席の予定と書いてあった。

 

利沙が大学卒業後同期生と疎遠になったのには、実は大

きな理由があった。同期生の中の一人、野田旬太と大学時

代の四年間付き合っていたからである。

 

利沙は小学生の頃から日本の歴史が大好きだった。大学

の史学科を選んだのも、もっと歴史をより深く知りたかっ

たし、その勉強をするには京都でなければと強く思ってい

た。歴史上の事件の舞台となった場所、神社や仏閣の実際

の場に立ちたい。どうしても京都の大学に進みたかった。

 

京都の大学を目指す者は、利沙のように歴史が好きな者

が多い。まして利沙が入った史学科は、そんな学生達の集

まりである。全国からやって来たクラスメイト達に、利沙

はすぐ「参った。かなわない」と感じた。高校の日本史の試験では常に高得点をとる自信があったけれども、地方出身の日本史好きの一女子学生も、クラスの中では目立たぬ

存在であった。それでも利沙は、京都にいる間に少しでも

歴史の舞台となった現場を自分の目で確かめたいと思い、

「歴史散策サークル」に入った。

 

サークルの新入生歓迎コンパは、四月下旬円山公園の、

すっかり花は散ってしまった桜の木々の中に、シートを敷

いて行なわれた。旬太とはそこで隣り合わせになり、初め

て話した。背が高くみんなと並んで立っていても頭一つ出

ている彼は、少し長めのサラサラの髪と、日に焼けた浅黒

い顔に笑うとできる小さいえくぼが可愛く、利沙はとても

さわやかに感じた。愛知県出身の旬太は、入学当初から

「織田信長」を研究したいという明確な目的を持っていた。

「東本願寺の屋根のカーブは好きだなあ。全体の雰囲気は、

西本願寺の方が好きだけど」

 

と話す旬太。利沙は本願寺の知識はあっても、どちらが

好きとか屋根の

好みとか考えた事もなかった。京都で暮ら

す四年間のうちに、自分の好きなところをみつけたいと利

沙は願い、すでに自分のやりたいこと、好きなことがはっ

きりしている旬太が羨やましかった。旬太の、同い年とは

思えない落ち着いた話し振りと、大きくきれいな光る目に

利沙は惹かれていった。お互い何となく気が合ったのか、

それからすぐ二人でお茶を飲んだり、映画に行ったりの付

き合いが始まった。

 

二回生、三回生と大学生活は楽しく、利沙は週末になる

と、京都はもちろん奈良や滋賀にも足をのばした。一人の時もあったが、ほとんどは旬太と一緒だった。史学科のゼミは時代別だったので、奈良時代に興味があった利沙と、

織田信長を研究テーマに決めていた旬太はゼミが違ってい

たが、サークルに熱心に通い、研修ももちろん一緒に参加

した。

 

四回生になり、卒業論文や就職活動を真剣に考えなけれ

ばならない時期になった。二人はこれまで卒業後のことを

あえて口にしていなかった。利沙も旬太も親元を離れ、四

年間だけ京都で勉強がしたい、卒業したら必ず帰ると約束

して、京都に来ている。

 

ある時、利沙はどうしても滋賀の紫香楽宮跡がみたいと

旬太に頼み、二人で出かけて行った。卒業間近の寒い日の

ことだった。

 

旬太は地元の会社に就職が決まっていた。利沙も実家近

くの高等学校の講師に内定していた。だが二人は、卒業後

どうするのか、付き合いを続けるのか、そんな話を全くしないまま冬を迎えてしまっていた。このまま交際を続け、結婚という夢をみるわけにはいかないと、若い二人は思い

込んでいた。お互いの気持ちを知っているから、かえって

話が出来なかった。その頃の利沙は旬太に会うたび、今回

が最後かもしれないという覚悟の気持ちがあった。旬太は

何も言わないけれど、彼の思いも伝わってくる。二人とも

何も言い出せないまま、日々は過ぎていった。

 

紫香楽宮は、奈良時代聖武天皇が天平十七年(七四五年)

に遷都した宮跡である。華々しい印象の強い天平文化の中

にあって、聖武天皇が都を造ろうとして挫折した跡。天皇

は平城京―恭仁京―難波宮―紫香楽―平城京と目まぐるし

く宮を造営している。

 

そこはとてもさびしく松林におおわれた中にあった。昼

間も薄暗いうっそうとした林の中に、少し開けた空間があ

る。

「ここ?」

「ここやな」

 

都になり損ね、栄えることのなかった場所に立ち、利沙

は気持ちが重く沈んでいた。しかし一方でさばさばした気持

ちも湧き上がっている。この宮跡で利沙は「今日が最後

だ」と確信した。旬太も同じことを思っていると利沙は感じ

た。

 

松と松の間を通り抜ける冷たい風に吹かれ、お揃いのマフラ

ーで首をぐるぐる巻きにして、二人は寄り添ってゆっ
くり歩

いた。マフラーは昨年の冬利沙がプレゼントしたも
のだった。
四年間この人と過ごせて良かった。できることならこのまま

ずっと一緒に居たい。でも地元に帰らず、このまま京都にい

るという気持ちはない。

 

二人とも核心には触れず、沈黙の時間が続いた。どちら

かが先に言い出すのを待っているような、でも言わなくて

もわかっている、そんな沈黙だった。やがて旬太が口を開

いた。

「四年間楽しかった。ありがとう」

「ありがとう」

 

次に会う約束をせず、友人宅に寄るという旬太を残し、

利沙は一人で電車で京都まで帰ることにした。席に座った

時、初めて利沙の目からポロポロと涙がこぼれた。どうし

てあんな淋しい所を最後に選んでしまったのだろう。紫香

楽宮跡の冷たい風は、利沙の心を冷たく凍らせた。

 

それから二十年以上の歳月が経つ。利沙はそんな記憶が

すっかりなくなっていた事に驚く。大介が病院に訪ねて来

てくれたことで、旬太との四年間の思い出が勢いよく噴き出してきたのだ。

 

旬太と別れてからまもなく大学を卒業した利沙は、それ

以降、旬太との共通の友人達とも何となく連絡がしづらく

なった。誰とも連絡をとらないまま、月日は流れていった。

 

大介と旬太は卒業後もたまに会うことがあると言ってい

たから、利沙の病気のことは知っているだろう。今日の同

期会は全員が揃う。旬太も来るはずだ。別れて二十五年も

経っているのだから、今さらどういうこともない。ただ旬

太に会ったら、その時どんな感情が湧くのだろう。どんな

言葉が自分の口から出るのだろう。想像もつかないこれか

らの一日が、少し不安でもあり楽しみでもあった。

 

ほぼ定刻通り、バスは京都駅に着いた。同期会の会場と

なっているのは、駅のすぐ近くにある旅館である。最近よ

くある宿泊プランの一つ「同窓会プラン」を利用したと大

介から聞いていた。同期会をした後、そのままみんなで宿

泊する一泊二食のプランである。

 

旅館に着いた利沙は、そのまますぐ部屋に入った。まだ

体力があまりないため、すぐ疲れる。長距離のバスに乗っ

たのも久しぶりのことで、体がフワフワする。夜の同期会

に備えて体を休ませておかなければならない。集合時間に

はまだ二時間ほどある。利沙は畳の上にゴロンと横になり、

すぐ寝てしまった。

 

目覚めた利沙は、一階のロビーまで下りてみた。ロビー

にあるソファには、すでに懐かしい顔が集まって来ていた。

チェックインした後、部屋に入らず、そのままロビーで盛

り上がっている。その中に大介と旬太もいた。大介はあちこちと忙しく動き回り、相変わらず大きな声で話し、笑っ

ていた。旬太はソファにゆったりと腰かけていた。大きく

澄んだ目は学生時代の時のままで、利沙は目が合い二人は

軽くおじぎをした。

 

宴会場は広い畳の広間で、宴会後はそのまま男子の寝る

部屋となるらしい。学生の頃の合宿の時のようなザコ寝と

なるのだろう。

 

先輩や後輩も集まり、賑やかに同期会は始まった。

利沙と旬太はごく自然に、学生時代もそうであったように用

された膳に並んで座った。他の同期生は全く気にとめてい

なかった。何十年も会っていなくても、友達といる時の感

情はちっとも変わらない。昨日も会い、その続きのように

今日も会って騒いでいる感覚だ。「青春時代を共に過ごし

た仲間は一生の友達だ」と、前にテレビで誰かが言ってい

たが、その通りだ。学生時代のエピソードは尽きない。長

い間音信不通であった利沙に、誰も何も聞かず、ただ元気に

なり、会えたことを喜んでくれるのがありがたかった。

利沙は久しぶりに夜遅くまで起きていた。退院し、自宅療

養を続けている時も寝るのは九時過ぎだったから、十二時

を過ぎるまで起きているのは何年振りかのことだった。病

気になる前の利沙なら、みんなに付き合って夜中まで騒い

でいただろう。しかし利沙は体のことを思い、先に自分の

部屋に戻った。旬太とはこれといった話もせず、その日は

終わった。利沙も旬太も、みんなに会えた嬉しさと興奮が、

別れて以来始めて会う恋人だった二人の感傷より、はるか

に上回っていた。思った以上に体は疲れていた。いつしか

利沙は深い眠りについていた。

  

三、四月十六日

 

翌朝、遅い朝食を会場で終えた同期生は、一人二人と帰

路につき始めた。昨夜の騒ぎが夢だったかのように、それ

ぞれが年相応の会社員や主婦の顔に戻っていた。

 

大介は、スーツを着て「今から会社へ行くんや。またみ

んなで絶対会おうな」と利沙に言って去った。

 

利沙は夕方の高速バスを予約している。久しぶりの京都

であるし、桜の季節でもあるので、どこかで桜を見て帰ろ

うと思っていた。フロントで「まだ桜は咲いていますか」

と尋ねると、「今、平安神宮の枝垂桜が見事ですよ」と勧め

てくれた。精算を済ませ荷物を持って旅館を出ようとして

振り返ると、旬太が立って利沙を見ていた。旬太が

「これからどうするの? すぐ帰る?」と聞いた。

「平安神宮の桜を見て帰ろうと思って」

「じゃあ、オレもそうしよう」

 

利沙はびっくりして旬太の顔を見た。旬太はそんな事に

は全く気にもせず、利沙の前をスタスタと歩き始めた。背

の高い旬太は足も長く歩くのが早い。利沙は慌てて後ろに

ついて行った。

 

平安神宮の神苑は、境内の奥に位置する広大な庭園だ。

池泉回遊式の日本庭園で、枝垂桜のあるのは南神苑である。

濃いピンクの八重の枝垂桜はまさしく今が見頃の満開で、

旬太も利沙も花に見とれてしまった。

「見事やなあ」

「ほんまに」

 

南神苑から奥の東苑に向かいゆっくり歩きながら、利沙

は不思議な感覚を感じていた。旬太は白いポロシャツに

ジーンズ、利沙は淡いブルーのポロシャツに白いパンツ姿

で、二人で歩くさまは、周りから見たらあきらかに熟年の

夫婦だろう。気持ちは学生の頃のままの二人である。少なくとも利沙は、学生時代の旬太と歩いて巡った寺や神社の

ことを思い出し、こんな風に歩いていたんだなあと、少し

前を歩く旬太の背中を見ていた。

 

東苑の池には橋殿があり、そこに腰かけて二人は池を眺

めた。池の周りを桜の木が囲むように植えられているが、

こちらの桜はすでに散り始めていた。

「一度会ってあやまりたかった」

 

旬太の意外な言葉に利沙は驚いた。

「えっ。なんで」

「無責任な感じで別れてしまっただろう。悪いことをした

とずっと心に引っかかってた」

 

もう二十五年前のことである。確かにあの時はつらかっ

たけれど、長い歳月が経ち、利沙はすっかり忘れていたこ

とである。旬太のことを悪い人だと思ったこともなかった。

 

あやまるなんて、何を今更言うんだろう。でも旬太がそ

んな風に自分のことをずっと気にかけてくれていたことは、

嬉しかった。

「大介から病気のことを聞いて、会うのは今しかないって

思ったんだ。今までも何度も会いたい、会っ

てあやまりた

いと思っていたけど、どうしても勇気がなくて。大介がみ

んなで集まろうと言ってくれて、同期会の計画を二人で立

てた。やっと会えて、やっと話ができた。ほんまに元気に

なって良かったなあ」

 

旬太は晴れ晴れとした笑顔で利沙を見た。利沙が好きだった

大きい目の黒い瞳がキラキラと光っていた。

「治療はきつくてつらかったけど、絶対京都でみんなに会うんだと思ってがんばれたよ。大介ちゃんが病院まで来てくれて、うれしかった」

「あいつ、すごいよなあ」 

二人はまた黙って池を眺めていた。 

突然周りの観光客の間で歓声が上がり、二人はその方を

見た。

 

白無垢姿の花嫁と、羽織り袴の新郎、留め袖姿の人達が、

池の向こう側に見えた。平安神宮には結婚式場がある。式

を終えたばかりの人達が写真を撮りに神苑の方まで来てい

た。新郎新婦は友人や親戚に囲まれ、次々と写真を撮って

いる。観光客の中にもカメラを向ける人が多くいた。桜の

花びらの舞う庭園は、新郎新婦にふさわしい。二人は、し

ばらくの間その情景を見ていた。旬太は何を考えているん

だろう。何か言った方がいいのかなと思い、話しかけよう

とした時、旬太が「そろそろ行くか」と立ち上がった。利沙も続いて立ち上がった。

 

平安神宮の前にある停留所で、二人は京都駅行のバスを

待った。学生の頃、二人はここで何度もバスを待った。前

に見える図書館へも、近くにある動物園へも行った帰りに

は、ここでバスを待っていた。まさか二十五年後、同じ停

留所で旬太とバスを待つなんて―。旬太は、道の向こうの

図書館をじっと見ている。旬太がゼミ発表に使いたい論文

集を探しに、一緒に行った図書館だ。旬太はそんなこと覚

えているかしら。それにしても心の奥深くしまい込んで封

をしていた思い出の扉って、こんなに一気に開くんだと利

沙は驚いてしまった。

 

京都に戻り、二人は地下街に下りた。二人でよく通った

喫茶店があったのだが、長い歳月ですっかり様変わりして

いる。なんとか空いている席を見つけたコーヒーショップ

で、二人はコーヒーを飲んだ。

 

旬太は、娘が二人いて一人は今年大学へ入ったこと、両

親は元気なことなどを話した。利沙は、自分には子供はい

ないこと、夫は趣味が多く、お互い好きな様に暮らしてい

ると話した。離婚したばかりであることは言わなかった。

「娘に頼まれた京都限定のお菓子を買って帰らないといけ

ないなあ」

「私も買い物がしたい。久しぶりの京都やから」

 

コーヒーショップを出たところで、二人は別れた。

「そしたらまた。気をつけて帰れよ」

「ありがとう。またみんなで会おうね」

 

利沙は土産をいくつか買って、バス乗り場へ行った。高速バス乗り場には、各地に帰る人達が集まってきて混雑し始めていた。

 

この三日間の出来事を利沙は思い出していた。病気で一

度死に、新しく生まれ変わったと思っている自分にはもう

失うものはない。これからはプラスのみ。利沙の心は明る

かった。

 

春とはいえ、日の落ちた京都の風は冷たかった。平安神

宮の枝垂桜も、この風に揺れているのだろうか。花びらを

散らしているのだろうか。

 

徳島行の高速バスが来た。利沙は大きく深呼吸

してバスに乗り込んだ。