2011年1月19日、徳島新聞文化欄「徳島の文芸」より 

読み終えると、しみじみとした感慨を伴って今一度、作品世界が脳裏に広がる。徳島県内の同人雑誌「飛行船」8号にはそんな小説がいくつかあった。その一つ。高木純さんの「群鳥の水田」は、厳しい収益環境のもと、先祖伝来の米作りを続けるかどうか思い悩む男を描いた。主人公の健司は兼業農家の後継ぎで市役所の新米係長。父親の死後、労力の負担が大きく、割に合わない米作りをやめようと決心する。

だが、家には父親が買ったトラクターやコンバイン、田植機がある上、母親も米作りに執着している。母親や自分を納得させるため、肥料代や機械の修理費を細かく計算し、米作りがいかに赤字の仕事なのか、躍起になって証明しようとする健司。その姿に共感を覚えるうち、いつしか臨場感豊に水田が広がり、米作りの岐路に立っている気分になる。巧みな心理描写のたまものだろう。

ひねりを利かせたストーリー展開の中で「米作りとは何か」を、読者に鋭く問う秀作だ。

 

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群鳥の水田

カット  岡田光男

群鳥の水田

あらすじ・感想